京都地方裁判所 昭和34年(む)6号 判決 1959年4月17日
被告人 安基明
昭五・四・一生 無職
決 定
(被告人氏名略)
右の者に対する恐喝被告事件について昭和三十四年四月十四日京都地方裁判所裁判官がなした保釈許可の決定に対し検察官から準抗告の申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する。
主文
原決定を取消す。
本件保釈請求はこれを却下する。
理由
第一、本件準抗告の理由
末尾添付の準抗申立書写記載のとおりである。
第二、当裁判所の判断
一、一件記録によれば被告人は昭和三十四年四月四日「昭和三十四年三月五日頃京都市中京区六角通河原町東入ナイトクラブ「六角」(経営者二ノ宮美代子)においてビール、ジンフイズ等代金五千二十円相当の飲食をなし同店支配人山田功(当五十一年)が右代金を請求した際同人に対し現金千円のみを差出したので同人において右千円を受領せず全額支払つてほしい旨重ねて請求したところ「お前くらい鼻息やな、払わんとはいわんわい、二、三日後に払うがそれで文句があるのならどうなとせい」等と怒号し右山田において更に請求すれば同人の身体等に如何なる危害を加えるかも知れないような気勢を示して同人をその旨畏怖せしめ因つて同人をして右代金の取立を断念させて右金額相当の財産上不法の利益を得たものである。」との公訴事実により起訴されると共に右事実に基き刑事訴訟法第六十条第一項第二号及び第三号後段にあたるものとして勾留されていたところ昭和三十四年四月九日弁護人榎本九から保釈の請求があり同月十四日京都地方裁判所裁判官が「保証金額は二万円とする、但し被告人は本件確定まで京都市中京区六角通河原町東入ナイトクラブ「六角」に立入りまたは同経営者二ノ宮美代子支配人山田功事務員後藤福之助に面会するには弁護人の立会を要すること」等を条件に保釈決定をなしたことは明らかである。
二、(一) しかして検察官提出の資料によれば被告人は前記公訴事実の如き恐喝罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があると認められるところ、それより以前昭和三十三年六、七月頃前記「六角」において同店経営者や女給等に対し殴打したり足蹴にする等の暴行を加え或は洋酒瓶を投げつけてこわすなどして脅し同店より飲酒遊興代金約一万六千円の請求を断念せざるを得ない状態にしていたことも窺知し得るものであつて、かかる事実に徴するときは勾留の基礎となつている被告人の恐喝罪は右のような被告人の習性の一つの現われと認めることができそして同罪は長期三年以上の懲役にあたる罪であるから刑事訴訟法第八十九条第三号に該当するものというべきである。
(二) さらにまた被告人は司法警察員及び検察官に対し「脅して料金を踏み倒したわけではなく月末に支払うと頼んで了解してもらつている」と述べ勾留尋問の際にも同様な弁解をなしているのであつて、本件公訴事実の罪質、態様などをも考えあわせると被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるものと認められる、従つて右は刑事訴訟法第八十九条第四号に該当するものである。
(三) また被告人が本件公訴事実により勾留されたのは昭和三十四年三月二十七日であつてその期間も不当に長くなつているとは言えない。
以上の諸点よりみれば現在の段階で被告人の保釈を許すことは当を得ないものと認められるので検察官の準抗告は右の限りにおいて理由あるものと言うべく刑事訴訟法第四百三十二条・第四百二十六条第二項により原決定を取消し本件保釈請求を却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 石原武夫 橋本盛三郎 安国種彦)
準抗告申立書写
理由
右被告人に対し昭和三十四年四月四日恐喝罪により京都地方裁判所に公訴を提起し同年三月二十七日以降裁判官栗原平八郎の発付した勾留状に基き勾留中のものであつたところ同年四月十四日京都地方裁判所裁判官新月寛は弁護人の請求により右被告人に対し保釈保証金を金二万円とし本件確定まで被告人が本件被害者方であるナイトクラブ六角に立入り又は同経営者等事件関係者に面会するには弁護人の立会を必要とする旨の条件を附して保釈を許可する旨の決定をなした。
しかしながら本件公訴事実に明らかな通り被告人はナイトクラブ六角に於て遊興の上代金の支払を請求されるやその五分の一にもみたない千円を提示したのみで重ねて全額支払の要求に対し怒号脅迫してついに代金取立を断念させたものであつて一見単なる債務の履行延期の申入れに類する外観をとつているので立証は極めて微妙な点が存する事は言をまたない。
記録を検するにはたして被告人は警察官検察官の取調べに対し残額は後刻支払う積もりでその事を話したに過ぎないと恐喝の犯意を否認するかの如き供述をなしている。しかして本件発生以前に於ても被害者方帳簿に記載されている未払金額のみをみても昭和三十三年六月頃五回に亘つて合計壱万六千百五拾円に達しておるのに拘らず(山田功の警察官に対する供述調書末尾添付の明細書参照)被告人が店内で度重さなる怒号、喧騒、暴行、器物損壊等これ迄繰返して来たため請求らしい請求も出来ずいわば泣寝入りとなつていたので(山田功、後藤福之助、中村達治等の各供述調書参照)あつて被害者が如何に畏怖していたか察するに余りある。
又被害者は被告人が図越の一派に属しているとして更に困惑その極に達しており「私方へ出入して乱暴を働いてもこれを警察に届けたりすると後でどんな仕返をされるかと思いまして今まで御届せずにいたわけです」「この二人(被告人外一名)はいきりたつと何をするかわからんと思う恐しさからあまり山田さんと二人の掛合いに顔を向けない様にしていたのであります」等と述べている程である。
被告人は前科十一犯を数えその内八犯迄が暴行、傷害等の暴力事犯であり本件犯行も又暴力的性格の発現した常習的犯行と言わなければならない。
その上本件が警察によつて捜査を開始されるや図越組の自称白川河野等が被害者方を訪れ山田等に対し謝罪の意を表し寛大に取計らつてもらいたい旨依頼をしているが之は被告人一派の強力な組織をバックに謝罪に名を借りた暗黙の威迫と言わねばならない。
前述の如き事案の性格及情況より見れば被告人の被害者に対する脅迫の危険誠に大にして証拠の湮滅のおそれ又誠に大なりと言わねばならない。
裁判所は保釈の条件として被告人は弁護士の立会をなしに被害者並にその関係人に面会する事を禁じているがそれは被告人が被害者等と面会する事を予定して居り弁護士の立会によつて被害者の畏怖が解消されると見る如きは誠に安易な考え方であり事案の真相を見極めないものと言う可きである。因て第一回公判も開かれない内に単なる財産犯と同視したかの如く僅々二万円の保釈保証金をもつてたやすく保釈を許可した決定は刑事訴訟法第八十九条三、四、五号に反するばかりでなく裁量保釈の余地もないものと言わなければならない。
近時暴力事犯一掃のため被害者等関係人の協力を求めざるを得ない現状のもとに於てかかる保釈許可決定は国民の信頼を失うに至ることを虞れるものである。
以上述べた理由に依り本件の保釈許可決定は取消されるべきものと思料し本申立に及んだ次第である。